中学校の同窓会が先月開かれた。60歳還暦を祝って全国から集まったらしい。
丁度その日は所属オケの定演を一週間後に控え、最終仕上げの大事な日なので、残念ならが欠席。
でも、世話人が各クラス(11クラスあった)から出て、当時の恩師もお呼びし、盛大に千葉市内のホテルで行われたとメールで報告が来た。また、同窓生の情報や恩師の近況など、同窓会当日の賑やかな模様も同級生が奮闘してDVDに落とし込み送ってくれた。会費も払っていないのに、全員に送ってくれたとのこと。同級生の暖かい思いやりに胸が熱くなる。
映像で見たY先生もお元気そう!
遠い昔、45年前の中学校時代。音楽部で一緒に活動していた当時部長のT君。その後オリンピックを機に吹奏楽部が発足したが、音楽部運営で行き違いがあっていやな別れ方をして、威張っていたT君が「お前が吹奏楽部に入ってきたらぶん殴るぞ!」という言葉に吹奏楽部への参加をあきらめ、音楽部(器楽j部)で中学を終えたこと。
何もしないのに、クラスのT君にぶん殴られたこと。いろいろと負の思い出ばかりがよみがえってくる。
結局親友といえる友達なんて出来なかったなあ。いいたいことも言えず、明るく振舞う器用さも無かった。
ずっと後になって、会社に入ることが決まり、英語の学校に会社の費用で行かせてくれることになった。その時の地元の語学学校の責任者が中学の教頭先生S先生だった。ひょんなことからの出会いだった。お蔭で語学に自身がついて、入社後1年半でアメリカ駐在が決まり、2年半の駐在生活を楽しむことになる。
出会いとは面白いものだ。
同窓会に出ていたY先生。英語の担当だった。ハンサムで人気があった。僕のクラスの担当だった英語の先生からはほめられたことなど一度も無かったので、気楽に質問に応じてくれたY先生に感謝している。それが英語は学年で常にトップクラスだったことにつながっている。でも僕のクラス担当の英語の先生が授業時間に文章を読んでごらん、と指名してきて、僕は上手く読めなかった時、その先生が「英語は出来ても、リーディングも上手いとは限らないんだな」と嘲笑的に言った言葉は今でも忘れない。まあ、それが後のやる気にはつながったが、自尊心は傷つけられた。
そんな中で、唯一楽しかったのは、1年の音楽担当のK先生。当時母親が交通事故に遭い、加害者の銀行の役員さんが、お詫びにと僕に買ってくれたスズキのバイオリン。それを持ってK先生の下宿へ通った時期。練習は楽しかった。その先生もはるか昔お亡くなりになったことがすごく残念である。
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